大判例

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仙台高等裁判所 昭和24年(ラ)2号 決定

抗告人 杉田正雄

右代理人弁護士 佐々木政治

遠見惣助

清原作

相手方 未成年者杉田多恵親権者母 杉田ひで

右代理人弁護士 菊地二郎

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告理由の要旨は次のとおりである。

第一、手続上の理由について。

一、原審において審問期日に全然列席したことのない参与員が列席したことに記載されてある調書が三つある。すなわち、(1)昭和二十三年六月十八日付調書の○賀健○、(2)同年七月十七日付調書の岡○○○郎、(3)同年九月二日付調書の○谷○○郎である。次に参与員岡○○○郎が意見書を提出し審判書ができるまでに又同年十二月二十八日まで抗告代理人が記録謄写をするときでも本件記録上審判官の署名がなかつた調書は(1)証人杉田長治の調書、(2)昭和二十三年九月二日付調書、(3)証人杉田幸男、相手方杉田ひでの各調書、(4)同年九月二十九日付調書、(5)証人早田一吉、江口タキの各調書であり、審判官、書記の署名共になかつたのは同年六月十八日付証人早田一吉の調書であつた。そして同年十月十一日付調書には参与員岡○○○郎に対し「本件についての意見書は記録閲覧の上書面に認めて提出することを述べた」との記載があり岡○参与員は右不完全な記録によつて同年十一月二十八日付で意見書を提出し、同年十二月二日付で審判書ができているから甚しい違法な措置というべきである。

二、審問に立会つていない書記が調書を作成した違法がある。すなわち、昭和二十三年九月二十九日結審日の審問は判事室で行われ最初千○書記立会の下に証人早田一吉が訊問され、次いで訊問された証人江口タキは千○書記と交替した宮○書記の下に行われたのである。ところがその記録によれば宮○書記が早田証人の訊問調書をも作成してあつて公証行為に反するものである。

三、参与員の意見書は違法である。すなわち、岡○参与員は昭和二十三年五月五日の当事者の主張答弁だけあつた第一回の審問期日に参与しただけで、その他の証拠調には一切参与しなかつた同参与員に意見を求めること自体が無理であり違法である。従つて岡○参与員が同年十月十一日本件記録の交付を受け同年十一月二十八日付で意見書を提出したとて効力がない。家事審判法第三条第一項はかかる基本審問に参与しない参与員のあることを予想して規定されている。また同意見書には申立人を杉田幸男と記載してあつて粗略性を表わしているからその有効性がない。

四、原審記録とその審判書には当事者の証拠方法を「疏明」と記載してあるが、審問弁論を開き旧民法第八九六条の実体権の消長を形成することを目的としているから証明関係に属する手続である。たとえ家事審判法の下に非訟事件として処理することになつても親権を喪失するか否かの重大岐路に立つて準訴訟的方式に進展してきたのであるから、尚更証明でなければならない筋合であつて疏明は事柄に符合しない。原審記録と審判書は民事訴訟の決定手続に傾き非訟事件手続法第十一条の規定する職権主義が稀薄で、証拠は客観的に物的に(甲第二号証以下第十二号証まで)存在して結審の根拠となるべき筈なのに原審は「この認定を覆す証拠はない」というのでは家事審判手続処理に反するものである。

五、原審における審判過程が抗告人側に粗略に取扱われた違法がある。すなわち、原審判書の事実摘示中に申立代理人が申立本人訊問の結果を援用したこと(三枚目の裏一行目)、その理由中に「申立本人訊問の結果は信用しない」との各記載があるけれども、申立本人は訊問された事実はなく、また記録にも記載がないこと明であつて援用などの事柄はあり得ない。

第二、実体上の理由について。

一、原審終結後に今まで伏せられていた事実の真貌が左のとおり判明した。すなわち、相手方親権者は早田一吉と相はかり、一吉が平林光一から賃借居住している家屋を準吉の所有に帰せしめる主目的のため未成年者の全不動産を「出し」にして之を賃借家屋の対象交換物とし、平林の投機心を充たし、未成年者の損失と抗告人等の居住権侵害を伴う損害において交換処分を敢行し、因つてもつて一吉は目的家屋を自己の所有に収めたが、未成年者は全不動産を喪失したも同然になつた。結局親権者は未成年者所有の○○町○番宅地百十一坪一合、同宅地内建物延約三十九坪、同○番畑三畝二十一歩を平林所有の○○○○○○様内十八坪建物と交換したことに帰着する。これを地理的に証明すれば前者は○○番丁電車停留場まで一丁半の交通至便のところにあり、後者は同停留場から二十丁位の○○○山下にあつて貸家向き標準型九戸建のうち一戸で不便のところにある。また地価の優劣を判定される公定の賃貸価格を見るも両者の開きがあることは甲第十一号証の一、二、三、四(土地家屋台帳謄本)によつて明かである。これを時価に評価するときは前者は三十万円と仮定すれば後者は六万円位と測定(右九戸のうち一戸が最近六万円で売れた事実がある)される。そもそも、本件不動産は曾祖父長二(抗告人の父)から本蔵に贈られ、同人の戦死により遺産相続をした相続財産であるが、抗告人にとつてはゆかりのある家屋敷で、この家屋敷で生存し、家族達が生活を営んだ杉田家にとつては生活の本拠であつた。さればこそ先祖長二は勿論抗告人も本蔵も人手に渡すようなことをしなかつた。抗告人の如きはこの家屋敷に拠つて暮してゆかなければならぬ年齢と経済力より持ち合せず、而してその居住の権利(憲法第二五条、一三条、民法第七三〇条)を保有していたのに本蔵の嫁女の暴挙により平和は破られ立退を迫られるような不安定の羽目に追い込まれたのである。これは親権濫用である。

二、本件不動産交換の価格比重が前述のように不均衡な場合には民法第八二六条の行為規準に則り家事審判所による特別代理人の承認を経なければならない案件である。特別代理人は未成年者の損耗と祖父の立退きを予想して右承認を拒否するであろうことは事理当然である。それを履践することなく専断に敢行した親権者の交換行為は親権の濫用というべきである。

三、抗告人は大正三、四年当時上京して重工業会社の職工となり、昭和七年頃熟練工として満洲事変以降太平洋戦終末まで勤続し、その間帰郷して両親を見ることはできなかつたが、母親うのは毎年抗告人方へ往来したので金品を贈呈し親身を保つていた。ところが抗告人の職場も住宅も戦災したため昭和二十年六月一日帰郷して本件家屋に住居するに至つた。当時抗告人の妻は病気であり他に感染を慮つたのと、弟幸男は鉄工場を営み余裕のある住宅を持つていたから、抗告人の手職を活用しながら病妻を養うに好都合であつたから、右幸男方に厄介になつたので、多恵等を慮つた行動であつた。原審は抗告人が東京に移住したと認定しているがそれは当つていない。また戦災都市において極度の住宅難で本件家屋敷を他に売却処分する必要性がないのに、たとえ早田一吉が親権者に代つて十二万円で売却処分の話を持ちかけてきたとて承諾する筈はない。抗告人側の親族が賛成して杉田長治が買受けることを承諾したのに長治が履行しなかつたというような原審の認定は、長治の資力を確認せず長治等の否定証言を無視したもので常識に反した認定である。(長治は○○生命仙台支店の一雇員で六名の家族を抱え十二万円などの大金を都合する目あては立たなかつた)。

四、申立代理人は原審において「親権者は本件家屋敷を保持してゆく義務がある」と主張したのに対し、原審はその義務はないと判定したが出発点を異にしている。本件のように早田一吉が親権者を不法行為に指図し未成年者の財産を減少させる動因を起し、延いて申立人等家庭生活の平和安全を掻きみだすことが自明である場合であるから、財産管理の責任上ロボツトにならないで保持の義務があるというのである。原審では静的観点に立脚して申立人のために常に親権者が保持しなければならない法的根拠がないというように誤解している。

以上の理由により、原審判を取消し家事審判規則第十九条による相当裁判を求めるため本件抗告に及んだというのである。よつて以下順次判断する。

第一、手続上の理由について。

一、原審記録により抗告人の指摘する各調書を精査するも抗告人所論のような瑕疵を認めることができないから岡○参与員が右記録に表われた事実に基き意見書を作成提出してもこれをもつて違法な措置ということができない。

二、原審昭和二十三年九月二十九日の訊問調書によれば、同日宮○書記列席の上早田証人の訊問の行われたことが明かであるから、宮○書記が早田証人の訊問調書を作成したことをもつて違法ということはできない。

三、本件記録に徴すれば、岡○参与員は昭和二十三年五月五日、六月三日、七月十七日、十月十一日の四回に亘り列席の上本件審理が進められたことが認められるから、同参与員が本件審判の基本審理に参与しなかつたということはいいえない。従つて同参与員の提出した意見書は違法ではない。また同意見書には申立人の表示を杉田幸男と記載していることが窺われるが、右は申立人杉田正雄とすべきを誤つて杉田幸男と記したに過ぎないことは明白である。

四、家事審判に関しては特別の定がある場合を除いてその性質に反しない限り非訟事件手続法第一編の規定が準用される。従つて審判事件にあつては裁判所は職権をもつて事実の探知及び必要と認める証拠調をなすべきことは抗告人所論のとおりである。原審判書には用語及び行文において聊か妥当を欠くと思われる記載がないではないが、その記載の全趣旨からみれば、結局挙示の証拠資料によつて原審判書記載の事実を認定するに足るものとした趣旨に外ならないことを窺い知るに十分であるから、この点につき所論のような違法があるということはできない。

五、原審判書を見るに、その事実摘示並びに理由中には抗告人指示のような各記載があり、しかも原審において申立本人杉田正雄を訊問した形跡はないからして、右の記載は明らかに原審判官の誤解によるものと認められるが、この一事をもつて原審の審判過程において抗告人側が粗略に取扱われたものとは認めがたい。

第二、実体上の理由について。

一、本件記録を検討するに、原審判書認定のような相手方一家における当時の事情殊にその生活状況及び未成年者多恵に対する監護教育等諸般の事情から、相手方が未成年者多恵に代つて本件不動産(相手方の実姉の夫である早田一吉の住宅の裏手にある)を平林光一の所有家屋と交換し、ここに安住の地を求めたことは未成年者の利益を慮つてした措置と認められ、本件不動産の交換を目して前記早田一吉を利得せしめ未成年者多恵の全財産を喪失せしめたことにあたるものとは認められない。

また右交換によつて、抗告人等に不利益を及ぼすことがあるとしても、前示事情からみて、右行為が親権濫用にあたるものということはできない。

二、抗告人は交換の目的たる不動産の価格比重が不均衡な場合には民法第八百二十六条に則り家事審判所の選任による特別代理人の承認を経なければならないというも、右交換は未成年者多恵とその親権者でなる相手方との利益が相反する行為には該らないから民法第八百二十六条の規定の適用がないものと解せられる。相手方が右手続を経なかつたことを目して親権の濫用となすことができない。

三、抗告人は本件不動産につき、相手方に処分の必要性がないこと及び相手方に保持の義務があることを挙げているけれども、前者については前段説明のとおりの事情からして已むを得なかつたものであり、また後者については相手方の娘多恵の所有財産であるから、その生活を維持してゆく上に必要である以上その処分も亦己むを得ないものといわなければならない。

以上説明のとおりであるから抗告人の申立を却下した原決定は相当であつて本件抗告は理由がないから主文のとおり決定する。

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